クレイン日記


図書出版クレイン の日々の記録
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# by cranebook | 2018-09-13 11:46 | 雑感

先輩編集者のお墓参りに行ってきました。




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先日、9月8日の土曜日に、先輩編集者が眠る墓所に行ってきました。先輩編集者の名前は、中川六平さん、5年前にお亡くなりになりました。
同行者は、その中川さんと数年間同僚であったYさんです。
中川さんと初めてお会いしたのは、飯田橋にあった頃の思想の科学の編集室ででした。なぜか、その時、気が合ってさっそくに飲みに行ったと記憶しています。飯田橋駅近くの居酒屋だったでしょうか。以来、しょっちゅうとまでは言いませんが、折につけお会いしていましたし、そのたびに飲んでおりました。六平さん、いま考えても、あなたはよく飲んでましたね。食道ガンになるのも、仕方なかったかも知れませんね。
そういう私もあなたと大いに飲んでは語って笑って、楽しい時間を過ごしていたのですから。私の身体も少しずつですが、生き物としての輝きが薄れていっていることでしょう。
さて、帰りには、Yさんと立川で一杯やりました。もちろん、あなたの思い出話に花を咲かせたことは言うまでもないのですが、年齢から来る精神的衰え(それに頭髪の消滅)についても、お互いに納得できるところがあり、Yさんと話せたこともよい機会でした。
中川さん、あの世があるとして、その魂が生きているとして、この世の中の動きをどう思っているかわかりませんが、悲憤慷慨することなく、まあ、ぼちぼちのんびり、どこかで漂っていてください。
では、またいつか参ります。

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# by cranebook | 2018-09-13 11:43 | 雑感

在日総合誌『抗路』の編集委員会に参加いたしました。

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6月14日の木曜日、大阪の鶴橋に行ってきました。『抗路』5号の編集会議に参加するためです。5号の刊行予定は7月10日。最後の詰めの打ち合わせのために、久し振りに編集会議に参加いたしました。
会議が終わってからの編集委員の面々とのひとときです。
「すじ肉」料理の「すじ平」での楽しい時間でした。
皆さん、ごちそうさまでした。

余談ですが、JR鶴橋駅で偶然にも東京の知り合いとバッタリ。彼は朝鮮の民族楽器の奏者なんですが、公演後の時間を楽しむとのことで、鶴橋商店街へと消えて行きました。場所柄、懐かしい人に会うこともありますね。
ついでにご報告、鶴橋の国際市場でエゴマの葉の醤油漬け(ケンニプ)を購入いたしました。じつは、私の大好物。これを買うのは、母に連れられて買い物に来て以来ですから、そう、40数年ぶりのことになります。もっと時間があれば市場をゆっくり回れたのですが、そうもいかず残念でしたが、次回に楽しみを残しておきます。


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# by cranebook | 2018-07-17 11:06 | 刊行物関連

姜在彦氏を偲ぶ会に参加いたしました。

3月25日の日曜日に大阪で行われた「姜在彦氏を偲ぶ会」に参加いたしました。
約200名ほどの参加者がおられたでしょうか。盛会でした。
生前の姜在彦氏の人徳が偲ばれるところです。
私は、姜氏とは、新宿の今はなき、韓国料理店「パランセ(青い鳥)」で何度かお会いしました。
朗らかにお酒を楽しまれている様子をいまでも思い出します。
たしか、お店の経営者にご紹介もしていただきました。
あとは、じつは、大学生時代に姜氏の「朝鮮経済史」という講義を受講しておりました。

ただ、はずかしいことに、途中で出席を放棄し、単位を取ることができませんでした。
まじめて講義に出ていればよかった。もったいないことをしたものです(もったいないと言えば、ほとんどそんな状況でしたが)。

さて、当日は、『抗路』編集委員の方々や、旧友との再会がありました。とくに、旧友は、ほぼ30年ぶりの友人もいて、お互い歳をとったものです。
お互い、これからも元気で日常を生きていきましょう。
昨年は、金達寿氏没後20年、今年は朴慶植氏没後20年、そして姜在彦氏を偲ぶ会と続きました。
在日一世の研究者・知識人の仕事が忘却される状況が生まれています。
どのような形であれ、先達たちの業績を、これからの未来にわたって残し続けていくことに微力ながにら尽力するつもりです。
「姜在彦さん、さようなら」

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# by cranebook | 2018-03-28 14:24 | 雑感

ハンセン病の語り部・佐川修さんの葬儀に行ってきました。

1月26日の金曜日に多摩全生園でおこなわれた、佐川修さんの葬儀に参加してきました。会場となったのは、全生園の中にある「会堂」です。
13時からの開始だったのですが、その少し前に私が到着したときには、すでに会場内は参集者で満員で、私も中に入ることはできず、会場の外から、佐川さんの生前のご友人たちの弔辞などを聞いておりました。その弔辞を通して、佐川さんがハンセン病の語り部としてだけでなく、隣接する「ハンセン病資料館」の運営にも多くの役割を果たしてこられたことを理解することができました。
現在、小社では、「在日朝鮮人とハンセン病」という書籍の刊行を準備しています。その書籍のなかには、佐川さんを始め幾人かの人びとの人物紹介が収録されています。著者は、金貴粉さん。「ハンセン病資料館」の学芸員をされている方です。彼女の紹介で、私は佐川さんとお会いすることができました。ゆっくりとお話しすることができなかったことは、心残りなのですが、生前にご挨拶できたことは、たいへんにうれしく思っています。

なんとしても早く「在日朝鮮人とハンセン病」を刊行しなければなりません。そのことを改めて決意いたしました。佐川さん、ご生前に刊行はできませんでしたが、必ず、お話しさせていただいた金貴粉さんの書籍を刊行いたしますので、あの世から見守っていただければ幸いです。
それでは、さようなら。合掌。

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# by cranebook | 2018-01-29 12:16 | 雑感