クレイン日記


図書出版クレイン の日々の記録
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by cranebook | 2011-03-11 12:38 | 雑感

朝日新聞の記事と西荻ブックマークイベントのこと

 2月26日の「朝日新聞」文化欄で弊社が紹介されました。記事のタイトルはひとりで発掘「名著」に光」です。
 同じ吉祥寺に事務所を構える「夏葉社」の島田さんとともに紹介されています。
 
 記事を書かれたのは河合真美江 記者です。2月初頭に大阪からお電話をいただき、その三日後には取材で東京にやってこられました。大阪からわざわざご苦労さまです、というご挨拶もそこそこに、佐藤泰志作品のことや、ひとり出版社を営む上での心がけなど、元気で歯切れ良く質問される様子が、とてもすばらしく、わたしにとっても楽しいひとときでした。
 私も関西出身ですので、河合さんとは、関西弁が飛び交い、気がつけばあっというまに一時間は優に超えていました。うー、笑ったな。

 記事は、てっきり朝日新聞大阪版に掲載されるものとばかり思っていましたので、自宅で新聞をめくっていて自分の顔写真が出てきたときには、仰天しました。あれ、なんで載ってるの。そう、全国版だったんですね。そうならそうと言ってくれればいいのに(笑)。

 いずれにせよ、河合さんに感謝です。紹介いただき誠にありがとうございました。

 さて、その翌日の27日は「西荻ブックマーク」のイベントに出演しました。イベントタイトルは「吉祥寺で出版社を営むということ」。タイトルとは関係なく(笑)、小出版社としての思いの丈と若干の経験を、アルテスパブリッシングの鈴木さん、夏葉社の島田さんとの鼎談で、存分に話させていただきました。
 参加者は70名ほど、いずれもが、編集、取次、版元として出版業界に携わっている方々で、みなさん一様に私たちの話しに耳を傾けていただいていました。参加されたみなさん、どうもありがとうございました。
 いずれ「西荻ブックマーク」から報告がアップされると思いますので、楽しみにしておいてください。

 ところで、会場となった「山崎ビリヤード」の店主は女性なのですが、その方はなんと金鶴泳の友人の平山さんでした。平山さんとは、西荻窪の「たみ」という、生前、金鶴泳が足繁く通った飲み屋さんで何度かお会いしていましたので、お顔を拝見したときは、驚いたものです。どういうわけか、いつも、こういうイベントに参加すると、なんらかの縁でのお知り合いとお会いするようです。不思議なんだよな。

 また、終了後の打ち上げでは、個性的な出版社で働いておられる、これまた個性的な若者たちと談笑する機会を持つことができました。なにしろ一人で事務所にいることが多いものですから、30代の人々と出合うことがほとんどないのが現状です。それではいかんなーと、「つぶやいたり」することも時にあるのですが、昨夜は、一年分に相当する程度の若者との会話の時間を楽しみました。まだまだ老け込んでいるわけにはまいりません。みなさん、これからもよろしくお願いします。

 最後に、イベントを企画していただいた西荻ブックマークの主催者のみなさん、どうもお疲れさまでした。そしてありがとうございました。いずれまたお会いしましょう。
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by cranebook | 2011-02-28 14:46 | 雑感

『本の雑誌』の対談をおこないました

 去る2月4日に西荻窪の「ベコ・カフェ」で『本の雑誌』4月号に掲載される対談をおこないました。
 テーマは、「一人出版の魅力(仮題)」。対談者は、夏葉社の島田潤一郎氏。司会は、本の雑誌社の浜本茂氏。
 クレインと夏葉社はともに吉祥寺に事務所を構えています。夏葉社は創業まもないとはいえ、刊行した二点がいずれも増刷という好スタートを切っている小出版のホープです。ということは、かたやロートルかな(大笑)。
 島田さんは三十代半ばという若々しさを前面に出して、一人出版のおもしろさをみずみずしい言葉で語られました。若いってやっぱりいいですね。言葉になにしろハリがありますもの。

 さて、テーマが一人出版の魅力であり、これから出版の道を考えている方々に、希望と勇気を与える話しをしよう、という心意気で対談は始まりましたから、けっこう好き放題話しました。次のような感じです。「出版だといって大上段に構えなくていいじゃないか」「出したい本があれば、出せる状況になってから出せばよいのであって、副業としての出版もあるよね」「印刷費もかつてと比べると格段に安くなっているから、採算を取ることもそんなにむずかしくなくなっているはず」……そして結論は、「だから、みんな始めようよ、自分のスタイルで」ということになったのです(笑)。

 「業」として出版を始めるとなると「継続・反復」が必要になってきます。だから一定の環境を用意しなければなりません。でも「活動」としての出版なら、お金を貯めて渾身の一冊を作るとか、お金を持ち寄って各自が好きな作家の復刊アンソロジーを作るとか、工夫次第で可能になるはずです。また、そうなってほしいと思います。
 資金と幸運とタイミングは、すべての人が一律に用意できるはずはないのですから。
 さあ、皆さん、始めればなるようになりますよ。

 2時間ばかりの対談でしたけれど、私自身が失っていた、出版に賭けるピュアな思いを対談者の島田さんから聞くことができ、その時間は、私にとってとても刺激的なひとときでした。また、司会の浜本さんの温和な人柄にたいへん助けられました。対談者の話の流れを尊重していく司会進行の姿に、『本の雑誌』の気風を感じとることができました。
 島田さん、浜本さん、どうもありがとうございました。
 浜本さん、ビールごちそうさまでした。
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by cranebook | 2011-02-08 13:15 | 雑感

ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」を観ました

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 昨夜、中野のゼロホールでドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ(入り江)」を観てきました。今月下旬からの上映予定の映画館数館が、ある団体からの妨害予告によって上映を取りやめるという事態になっていることからも、現在、たいへん注目を集めている作品です。そんなことで注目されるのはバカバカしいことですが。

 感想を一言でいってしまうと、とても考えさせられる作品でした。映画では、和歌山県太地町の「イルカ漁」(9月から始まります)の現場を隠し撮りするまでのプロセスが、かつて、イルカトレーナーであり、現在はイルカの救援運動の最前線で活動しているリック・オバリー氏を中心とした撮影スタッフの証言で克明に描き出されています。

 立ち入り禁止の現場に潜入し、カメラを岩肌や水中、そして上空にと、仕掛けるまでの行動は、さしずめサスペンス映画を観ているようなスリルを味わいました。

 当日は、来日して間もないリック・オバリー氏が飛び入りで会場に姿を現わし、表現の自由を訴えつつ、けっして太地町の人々を非難しているわけではないことを切々と語っていました。ともかく、実際に映画を観て、多くの人々に、そこでおこなわれている事柄の意味を考えて欲しいとのことです。

 さて、映画を観て考えさせられたこと=わからないことを何点か紹介してみます。
 まず、「イルカ漁」(=合法)が太地町の人々の生活を支えていることの内実について。

 映画では、捕獲したイルカを全国、いや世界の水族館などにショー用として売買しているとのことでした。それも一頭が15万ドルということですから、1500万円近い金額になります。そして売れ残ったイルカは、食用として売買されているのですが、なかには、鯨肉と偽って市場に出回っているものがあるともいいます。
 これは、事実なのだろうか。また、イルカを捕獲する理由として、イルカが魚類を大量に食べてしまうことによって、漁業に大きなダメージを与えていることもあるのでしょう。そう考えざるをえないのは、ショー用のイルカ売買は別にして(仮にその売買価格が事実としての話しですが)、食用のイルカ肉が、地元の人々に富をもたらしているとは、どうしても考えにくいからです。

 イルカ漁を続ける最大の理由は何なのか。映画の中からは、どうしても腑に落ちる答えが返ってはきませんでした。

 つぎに、映画では、イルカの体内に高度の水銀が残留していることが語られていましたが、それは関係者にとっては、既知のことなのか、または、いまだによくわからないのか、わかっていても公表をしないのか、できないのか、という問題です。残留水銀についての説明の場面では「水俣病」患者のフィルムが挿入され、「水俣病」並みの水銀汚染の恐怖をあおる箇所が映画にはありますが、事実はわからない。

 そして最後に、映画では、イルカの知能の高さの根拠=その他の海洋動物と一線を画する根拠を、「自己認識」能力と、反復経験からの行動能力に置いていましたが、であるなら、毎年毎年、なぜ、太地町に大量のイルカがやって来るのでしょうか。長崎県の壱岐では、かつて大量にやって来たイルカが、繰り返される漁によって、いまでは来なくなってしまっていることを連想させる場面が映画の中にはあります。では、なぜ太地にはこんなにも。それもよくわからない。

 このような疑問は、実際に太地町で暮らしている人々に語ってもらわないことには、わかり得ないことなのでしょう。
 だからこそ、イルカ漁とそれに付随する問題について考えてみよう、可能なら太地町に行ってみようという気持ちにさえ、この映画はさせてくれます。

 そして、何よりも、太地町の人々にこの映画を観てもらい、映画の中で描かれている「語り」の真偽を自らの言葉で、ぜひ「語って」いただきたいと思うのです。

 「語り」に対しては「語り」で向き合うしかないのですから。
 
 隠し撮りという手法、イルカ漁という「文化」についての深慮不足、イルカ救助という名の下での一方的な正義感の押しつけ、などを批判の根拠として、上映を芳しく思わない太地町の人々は多数おられるでしょう。
 ですが、その「文化」というものの中身を、ぜひ太地町の人々から聞いてみたいのです。

 そのためには、絶対に上映の場を確保し、「イルカ漁」のことを知らない多くの人々にそれについて考えてもらう機会を保証する必要があります。そうした機会こそが、結果として、太地町の人々の声を聞いてみようという要請を形作り、彼らの発言の場を提供することになるはずです。

 何かやっかいな問題が起こりそうだから自粛をする、という行為の積み重ねが、けっして、日本の言論表現「文化」になってしまわないことを切に願っています。
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by cranebook | 2010-06-10 18:31 | 雑感

星 建男 追悼文集

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 現在、前回ご紹介した「青木雅彦 遺稿集」の作業が終わり、続いて「星 建男 追悼文集」の制作をおこなっています。なぜかしら、この間、亡くなった友人の本の制作を続けておこなうことになっています。

 本業のほうの出版物はどうなっているのだ、という声が天上から降ってきているのですが、しかし、それはそれでよろしい。出版業をしていなければ、こんな機会にも出会わなかったのは間違いのないことですから。

 さて、現在進めている「星 建男 追悼文集」は、星さん自身の著作物をまとめたものではなく、友人・知人が彼との生前の思い出を文章に綴り、それを一冊の文集にしたものです。「青木雅彦 遺稿集」が著者自身の思いを書き綴っているとするなら、この「星 建男 追悼文集」は、星 建男という人物への思いを他者が書き綴っている、まさに対照的な性格の印刷物なのですが、青木雅彦と星 建男の両者には、共通する生き方があります。

 それは、まず両者とも、「反戦・平和」「反基地」の市民運動に邁進していたことです。青木さんが亡くなったのは2008年のことで53歳。星さんが亡くなったのは2009年のことで60歳でした。
 青木さんが、京阪神地域の自衛隊基地をターゲットにしていたとするなら、星さんは、東京郊外の立川基地をターゲットにしていました。また、星さんには、そのほか「男の子育てを考える会」や「朝鮮問題を考える会」などの「反差別」の活動が付け加わります。
 
 さらに、両者は信念をもって、20代から亡くなる直前までそうした活動を継続していたということです。

 星さんとは、私が京都から就職のために東京に来て、居住した小金井市で出会いました。当時は、在日朝鮮人を始めとした、在日外国人の外国人登録証への指紋押捺拒否の運動があり、星さんは、拒否者を支援する活動をおこなう一方で、日朝・日韓問題を一人でも多くの市民に知ってもらおうと、講師を招き連続講座を企画するなど、小金井市の市民運動の中心にいました。

 デモ行進では、拡声器を片手にシュプレヒコールを叫び、そんな彼の行動力に多くの人が惹きつけられました。私もかつて、雨の中を彼たちとともに何度かデモをしたものです。今回、文集の制作作業をしながら、そんなことを思いかえすこともしばしばでした。

 さて、話は脱線しますが、昨日の鳩山首相の臨時両院議員総会での辞任表明のあいさつをライブ映像で観ていました。その話の中で、私は彼の口から出た「東アジア共同体構想」のことが、とても印象深く残っています。それは日本の防衛を、アメリカ頼みではなく、いつの日か自主的におこなえる環境構築の必要性を説いたくだりに出てきたのですが、その話しからは、鳩山由起夫という政治家も、やはり、軍隊に代表されるアメリカの、日本におけるプレゼンスの軽減を考えていたことを知ることができました。

 「自主防衛」という言葉には、まだまだアレルギーを感じる人々が、ここ日本には数多く存在していることでしょう。その言葉からは、核武装や軍事費の増大、自衛隊再編、アジア近隣諸国に対する信頼醸成、そして憲法改正などのテーマが浮上してくるゆえ、慎重さが必要であることも理解できます。

 ですが、私自身は、そろそろそのことを真剣に議論してもよいのではないかと思っています。
 なぜなら、普天間基地の問題を始め、米軍基地削減の方向を導き出すには、そこにしか方途がないように考えるからです。

 こんなことを書いたのは、じつは、青木、星の両者は、現在の日米安保・米軍基地問題をどう考えるだろうかということを想像してみるからです。おそらく「自主防衛」なんてことは両者とも考えないでしょうが、日本の軍事・軍備にとって大きな転換期にある現在、そしてこれからについて、彼らとは大いに話してみたかった。それが残念でならないのです。

 しかしそれにしても、このような折りに、青木、星の両者の印刷物の制作に携わったことが不思議です。
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by cranebook | 2010-06-03 18:34 | 雑感

青木雅彦 遺稿集

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 大学時代の友人であった人物に青木雅彦という人物がいました。いましたというのは、彼は2008年に52歳の若さで亡くなってしまったのです。死因その他は、よくわからず、また発見も死後数日を経た状態であったようです。亡くなった場所は兵庫県多紀郡篠山町、そこは彼の郷里でした。

 現在、彼が生前に残した文章を一冊の本にまとめています。弊社から出版するのではなく、私はその制作に関わっているだけですが、ぜひ、本が出来上がったら、みなさんに読んでほしいと思いご案内させていただきます。

 タイトルは「ハーフオプション 軍事費を半分に!―市民からの提言」です。このタイトルからもわかるように、彼は軍縮問題を反戦市民運動の活動を通して、自らのライフワークとして取り組んでいました。そして、市民の視点と立場で、軍縮に向けての具体的な提言をおこなっていたのです。

 はずかしながら、私は学生時代に彼の文章を手に取った記憶がほとんどなく、今回初めて目を通したわけですが、その軍縮=反戦にかける思いが、文面からひしひしと伝わってきました。タイトルにもなっている代表的な提言「ハーフオプション」は、なかでも秀逸の軍縮論です。発表されたのは、1991年のこと。当時は、軍縮=自衛隊容認=軍備保持肯定という単純図式で思考する、革新系の反戦運動が大勢を占めていましたので、彼の提言に対しても市民運動側から賛否両論があったようです。
 軍事問題に対する彼のリアリズムがそうした両論を招き寄せたのでしょう。

 しかし、20年前のその論考を現在読み直してみると、日米安保と米軍基地問題の行く末を見通した、すぐれたものであることは明らかです。彼の提言の先見性に驚いたというのが、私の正直な感想です。

 沖縄の普天間基地の移設問題が契機となるであろう、東アジア共同体構想の始動と日米安保の再認識というテーマを抱える今を、彼は生きていれば、どう感じ取っていたことでしょう。

 本書の刊行は、生前に彼とともに反戦活動をしていた仲間が出版委員会をつくり、文章の選択から構成までを丁寧におこない、青木雅彦という人物の提言を、あらためてこの時代にぶつけようとして実現したものです。

 出来上がり予定は7月、発行元は京都の草莽社(そうぼうしゃ)となっています。

 なかなか全国に行き渡る性格の書籍ではありませんが、弊社に注文いただいてもけっこうですので、ぜひ、お読み下さい。これからの日本の軍事問題を考えるうえで必見の書物であり、なにより、無名の一市民が考え抜いた平和への思いが込められています。 
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by cranebook | 2010-05-19 13:14 | 雑感

2010年の始まりです

 あけましておめでとうございます。
 さあ、2010年の始まりです。

 この正月休みは、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」を読んでおりました。世間で評判の書物を読むのも編集に携わる者としての義務なのでしょうが、私はどうも体質的にそれが出来なくて困っていたのですが、今回は、思い切って読んでみました。1931年から1945年までの「15年戦争」の出来事を、中・高生を対象にわかりやすく解説し、地図を織り交ぜ、歴史のダイナミズムを、線ではなく、面としてとらえることに力点を置いた良書でした。私の専攻はもともと歴史ということもおり、歴史書はその折々に読むのですが、今回もまた、考えさせられたわけです。その時に私が生きていたら、どのような態度を選択したであろうか、ということを。

 なかでも、「満州開拓移民」の話にとくに感じ入りました。こんな話です。賢明な開拓団長に率いられた村では、元の土地所有者であった中国農民と現地で良好な関係を築いていた(この評価はひとまず保留しておきますが)ゆえに、引き揚げ時の悲劇が最小限で食いとめられたというのです。このエピソードを紹介しながら著者は、「歴史の必然に拮抗しうるものとしての個人の資質」について触れています。
 個人の資質か、うーん、確かにそうに違いありません。歴史は個人がつくるものなのですから。

 本年も、地道に出版活動をおこなってまいりますので、なにとぞよろしくお願い申しあげます。
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by cranebook | 2010-01-05 17:05 | 雑感

佐藤泰志さんの友人の方々の忘年会で感じたこと

 12月26日に開かれた佐藤泰志さんの友人の方々の忘年会に参加しました。この忘年会は、函館出身で東京に出てこられた佐藤泰志さんの高校時代の友人の方々と、大学時代に佐藤泰志さんと同人誌をつくっていた方々との集まりで、もちろん、佐藤泰志さんも生前、参加されていました。
 「佐藤泰志作品集」を刊行した縁で、私もこの三年ばかり参加させていただいています。
 今回は、来年に公開予定の映画「海炭市叙景」の話などを中心に、生前の佐藤泰志さんの思い出話を織り交ぜながら、楽しい一時を過ごしました。みなさん、どうもありがとうございました。

 その話のなかで、私にとってとてもうれしいことがありました。佐藤泰志さんが、金鶴泳の作品を感動をもって読んでいたというではないですか。彼は、同時代の作家の文章をこまめに読んでいて、そのなかに金鶴泳の作品もあり、「いい文章だよ」と幾人かの人々に語りかけていたようです。どんなことを話していたのでしょうか。想像するだけで、楽しくなってきます。

 私が「佐藤泰志作品集」を刊行した思いの中には、金鶴泳作品に通底する感覚を佐藤作品の中から受け取っていたことがあります。それは一言でいうと(自らの存在から逃げずにそこに立ち止まっている)という感覚です。これが両者の文学の核と考えたのです。

 そんなふうに感じていたものですから、佐藤泰志さんが金鶴泳作品を読んでいたと聞いたときには、私自身言葉にできない感動がありました。

 私以外のみなさんは、おおよそ団塊の世代の方々で、話は、全共闘などの学生運動にも及びました。その折りに、運動に深くコミットした当時の文学者に、誰がいたかという話になり、まあ、当然でしょうが、高橋和巳の話になったわけです。その時、高橋和巳について、小松左京が触れていたエピソードを思い出しました。そのエピソードは、「小松左京自伝」の中にあるのですが、こういうものです。

 高橋和巳が「包茎」であることを知った小松左京は、手術をすすめたそうです。それに対して高橋和巳は、つぎのように言ったそうです。「そのことも含めて、それが私という存在であり、そういう存在としての私をそのまま受け入れる」と。手許に本がありませんので、記憶にたよって書いていますが、それを読んだとき、とても感じ入りました。

 高橋和巳のエピソードは、身体的な問題についてのことですが、そのエピソードを思い出しては、先ほど述べた、佐藤泰志・金鶴泳の作品から私が感じとった作品の核の部分と、やはり通底するものを受け取っていました。

 そんなふうに、いろいろなことを感じさせていただいた今回の会ですが、また来年も参加させていただければ幸いです。
 来年は、ともかく、「海炭市叙景」が映画化されます。どんな映画になるのか、楽しみは尽きません。

 今年度のクレインの仕事も明日で終了です。新年は1月4日から営業いたします。
 今年も残すところあと三日。来年もみなさまにとって多くの出会いと思い出ができますよう、お祈りいたしております。
 
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by cranebook | 2009-12-28 12:49 | 雑感

沖縄に関する本のこと

 はやいもので、もう9月、朝夕、めっきり涼しくなってきました。今年も残り3カ月ですが、編集中の新刊を何とか形にするよう努力あるのみです。

 さて、この3年ばかり続けて訪れていた沖縄に、今年の夏は行きませんでした。とくに理由はないのですが、子どもたちも大きくなり、親と一緒に旅行することから離れていく年齢になったのと、この3年間を少しばかり振り返ってみながら、沖縄のことについて考えてみたいと思ったからです。

 ということで、この夏は、今年刊行された沖縄に関する二冊の本を読みました。また、偶然に沖縄の写真集を入手する機会がありましたので、紹介させていただきます。

 一冊目は、「アメリカのパイを買って帰ろう」(駒沢敏器 日本経済新聞出版社)、二冊目は、「幻想の島 沖縄」(大久保潤 日本経済新聞出版社)、写真集は、「山羊の肺―平敷兼七写真集 沖縄1968―2005年」(影書房 2007年)です。

 「アメリカのパイを買って帰ろう」は、雑誌・スイッチ編集部にいた1961年生まれの著者が、アメリカ統治時代の沖縄の記憶を、丹念な取材を通して記録していこうとするノンフィクション・エッセイです。アメリカという異文化によってもたらされた食文化・言語・ライフスタイルなどが、沖縄の風土でどのように受容され、変貌を遂げていったのかというテーマが抑えた筆致で語られます。この本のすてきなところは、記憶を記録することの困難さともいってよい、現在の視点からの解釈や過剰な物語性を排して、取材対象に淡々と向き合い、記憶からこぼれ落ちるものの存在を前提にしているスタンスにあります。「アメリカ世(よ)」の記憶と生活の様相を顧みずした、「沖縄への語り」が欠落させるものを問うています。

 「幻想の島 沖縄」は、日本経済新聞の記者として、沖縄に駐在していた著者が、取材者と滞在者という二つの経験から導き出した沖縄自立への提言です。観光と基地と開発の地・沖縄が抱えている問題がうまく整理され、沖縄の現在を知るうえで格好の読み物になっています。基地があることの見返りによる国からの振興資金の注入が、かえって沖縄に住む人々の基地依存体質を継続させ、結果として、沖縄の経済的な自立を阻害していることをわかりやすく解き明かしています。また同時に、そのことを通して、本土の人々が沖縄を見つめる視点の中心に据えられている「基地を押しつけられた沖縄」という視点の転換を問うているのです。

 結局のところ、この二冊の書物は、ともに、本土の人々が持つ「沖縄イメージ」の更新への要請を通奏低音にしているといってもよいでしょう。

 最後に写真集です。私が個人的に親しくしている方の友人が、この写真集の編集代表をされていて、先日、その方にお会いする機会があり、記念にと贈呈されたものです。写真家の平敷兼七さんは、1948年に沖縄に生まれ、ずっと沖縄を撮り続けておられます。写真集の解説によると平敷さんは、吃音であることによるコミュニケーション不全も理由として写真の世界に入っていったとのことです。あいさつ文の中で平敷さんは、高校時代の先生が言った、自分を力づけてくれた言葉として、「井の中の蛙一天を見つめる。天は全世界とつながっている。つきぬけていくと宇宙にもたっする」という言葉を紹介されています。その写真からは、沖縄という場所・人・物が、ただそこにあるという事実がまっすぐに立ち上がってきます。「沖縄への語り」「沖縄イメージ」というものを突き抜けた「沖縄の姿」に感じ入ることができます。

 以上、二冊の本と写真集を紹介させていただきました。これらの書物を通して、私の沖縄熱は少しずつ形を変えつつも、いまだ冷めることはありません。二冊の本のうちのどちらに書かれていたのか忘れましたが、ほんとうの沖縄通は「冬に行く」のだそうです。

 今年の夏は行かなかったけれど、冬なら、まだ間に合いますね。
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by cranebook | 2009-09-03 13:15 | 雑感

新年のスタートです

 新年あけましておめでとうございます。
 昨日から、クレインの新年がスタートしました。本年は、出版に力を注ぐように進んでいきます。そこにしか活路はありません。
 また、お世話になっている方々への恩返しのためにも、地道な活動で、弊社の存在感を保持していくつもりです。
 皆さま、今年一年、どうかよろしくお願いいたします。
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by cranebook | 2009-01-06 11:05 | 雑感