クレイン日記


図書出版クレイン の日々の記録
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by cranebook | 2017-09-22 11:39 | 刊行物関連

【『対話のために』「帝国の慰安婦」との問いをひらく】公開書評会が開かれました。

7月21日の金曜日に早稲田大学において、【対話のために「帝国の慰安婦」という問いをひらく】の公開書評会がひらかれました。韓国から『帝国の慰安婦』の著者・朴裕河さんもゲスト参加され、執筆者を含め70名ほどの参加者がありました。

早稲田大学で開催されたのは、本書『対話のために』の編者のお一人である浅野豊美さんが教鞭を執られていることもありますが、同氏は今後、【和解の創成】をテーマに研究をされていく予定であることも、今回の開催につながったようです。

会は和田春樹さんと紅野謙介さんからの、「慰安婦問題」と本書に対する短評からはじまりました。和田さんからは、「アジア女性基金」で要職をつとめられたご本人の体験談を中心に、この間の「慰安婦問題」の流れが話されました。朴裕河さんの『帝国の慰安婦』が政府関係者に一定の影響を与えたであろう、という言葉には若干の驚きがありました。
また、紅野謙介さんは、文学研究と歴史実証主義のせめぎ合いの問題が文学研究者としてのご自身のポジションからお話しされました。文学研究は実証主義史学にどう影響を与えるのか、いや、与えられるのか。そもそも文学表現は歴史たり得るのか(小説は歴史的事実なのか)という設問だと思います。紅野さんのご意見では、文学の自省を強く求められているようでしたが、これには異論もあることでしょう。事実、朴さんや、著者の中川成美さんからは、時約款の違和感が表明されました。
さらに、紅野さんからは、「慰安婦問題」の進展具合と「水俣病」の認識過程とを対比した議論も提起されました。あらためて考えてみるべきテーマだと思います。

著者としては、西成彦(兼・編者)・外村大・中山大将・上野千鶴子・熊谷奈緒子・熊木勉・四方田犬彦・中川成美の各氏にお越しいただきました。
西さんからは、『帝国の慰安婦』批判ばかりが横行する中で、その状況を是正したいという思いから、この論集『対話のために』を編んだことが語られました。外村さんからは、文学研究をどのように取り入れるのかという歴史研究者への問いかけを本書を通してしたいのだということ。中山さんからは、「慰安婦問題」についての場外乱闘をもうやめようではないかということ。上野さんからは、生存者のエイジェンシー(主体)は時と場所の違いにより、ゆれ動くものであり、フォーマットなき「語り」の可能性を追求していきながら、「慰安婦問題」から/の外に展開していきたいとの希望が語られました。熊谷さんからは、「強制性」ということを共通のテーマにして、戦争被害者の問題を考えていきたいということ。熊木さんからは、「慰安婦問題」を暴力性の観点だけからではなく、個々の「慰安婦」の抱えたであろう「恥ずかしさ」ということも念頭において、本書を執筆したということでした。また、熊木さんからは、「慰安婦」を扱った同時代の文学作品が思いのほか少ないとの発言がありました。私個人の思いとしては、熊木さんのテーマがとても興味深いものでしたので、もっと多くの同時代の「慰安婦」に関する文学作品を紹介してほしいと思っていたものですから、少しばかり残念でした。四方田さんからは、日本映画の中では、戦後すぐから「慰安婦」をテーマにした作品を作ろうと奔走した映画監督・黒沢明・吉村公三郎などの話が紹介されました。また「慰安婦問題」と「拉致問題」をクロスして考える必要について訴えられました。そのほか「少女像」の将来に対すて日本の「お地蔵様」に比したお話しは、一笑にはふせない説得力がありはました。中川さんからは、小説家の田村泰次郎の作品を例に、文学は「虚構」ではあるが、けっして「噓」ではないと語られ、そのことを歴史的史実と文学作品を混同することの危惧についての反論とされていました。
そして、ゲストの朴裕河さんからは、『帝国の慰安婦』が訴訟沙汰になった理由について話され、それはけっして本の中身のことだけが理由ではないということの説明がされました。では、その理由はなにか。朴さんによれば、それは「慰安婦問題」の解決のための日本の「法的責任」を認めていないからだとのことでした。そして『帝国の慰安婦』が日本の読者に受け入れられたことを、なぜ否定されなければならないのか、受け入れられる本であってよかったと言われました。朴さんのお話しからは、これまで知られていないことが多々あり、参加者にも貴重な時間となったのではないでしょうか。

以上、書評会の報告をさせていただきます。当日お越しいただきました皆さま、どうもありがとうございました。
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by cranebook | 2017-07-25 15:11 | 刊行物関連

『対話のために』の韓国語版が出来上がりました。

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5月に刊行した『対話のために 「帝国の慰安婦」という問いをひらく』の韓国語版が出来上がりました。
さっそくに事務所に届きました。発行はプリワイパリ出版社、発行者は鄭鐘柱氏です。氏は東京大学でも学んでいたとのことです。
鄭さん、どうもお疲れ様でした。なにしろ、日本語版の1カ月後の刊行ですので、いかほどのご苦労があったことか。想像するに余り有ります。
いずれにしろ、日韓での同時刊行が朴裕河さんの訴訟に好影響を与えてくれることを、ただ祈念するばかりです。

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by cranebook | 2017-06-19 12:48 | 刊行物関連

金鶴泳のご友人の平山道子さんに会ってきました。

2016年8月9日(火曜日)に、西荻窪にお住まいの平山道子さんとお会いしてきました。平山さんは、故・金鶴泳の友人で、現在、西荻窪で「山崎ビリヤード」というお店を経営なさっておられます。同行者は、金鶴泳作品のフランス語版の翻訳をされる、ベルギー・ルーヴァン大学のアドリアン・カルボネ氏と、共同通信の阪堂博之記者です。
アドリアン・カルボネ氏から、翻訳をする上で、生前の金鶴泳を知っている方とお会いして、その人物像を聞き、翻訳の参考にしたいという要望が私にありましたので、私のほうから平山さんにお願いして実現した集まりです。
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平山さんは、西荻窪にある「たみ」という飲み屋さんで、金鶴泳に初めてお会いされました。いまから50年ほどまえ、ちょうど金鶴泳が「凍える口」で文芸賞を受賞した頃です。以降、死の直前までお付き合いは続きました。現在、82歳とのことでしたが、とてもお元気でした。いつまでもお元気で。

また、ビリヤード台の上には、金鶴泳の小説の単行本や文芸雑誌を並べていただき、本にまつわる話もいくつかいただきました。金鶴泳は、『統一日報』で「ポプラ」というタイトルで日々折々の営みを連載していたのですが、その何回かは平山さんのアイデアを使っていたというではないですか。「それじゃ、平山さんが書いたようなものですね」と水を向けると、「ほほほほ~」と笑っておられました。さて真実は如何に。
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そんな思い出話や金鶴泳論をお聞きすることができた楽しい時間でしたが、私にとっては、もう一つの特別に楽しい出来事がありました。それは、ビリヤード台に出していただいていた雑誌の中に『文藝』の1985年3月号があり、その号には金鶴泳の遺稿エッセイ「心はあじさいの花」が掲載されていたのですが、なんと、同じ号に、佐藤泰志の「鬼ガ島」も掲載されてるではないですか。ということは、佐藤泰志はこの号が手許に届いたときに、金鶴泳の遺稿を読んだかもしれないということです。その号の目次を見たときに、「あっ」という心の声が私には響きました。いや、絶対に読んでいるはずです。
そしてこの1985年に佐藤泰志は、「オーバー・フェンス」と「そこのみにて光輝く」を執筆しています。ともに映画化された秀逸です。
やはり、彼らはつながっています。こじつけだ、偶然だと言われるかもしれませんが、いや、つながっています。
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そして金鶴泳が亡くなったのは、1985年。佐藤泰志が亡くなったのは、1990年。ともに自死でした。
金鶴泳の思い出話を聞きにいったはずが、金鶴泳と佐藤泰志のつながりを発見する機会になるとは、不思議なことです。

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by cranebook | 2016-08-23 17:30 | 刊行物関連

金鶴泳の墓所に参りました。

 9月15日火曜日に、金鶴泳の出身地にある高崎市新町の彼の眠る専福寺に参ってきました。
 今年2015年は彼の没後30年になりますので、5年ぶりになりますが行ってきました。
 と同時に、今年は佐藤泰志の没後25年にあたります。佐藤泰志のほうは、小説「オーバーフェンス」が第三弾として映画化されることもあり、さまざまにイベントが彼の出身地・函館を中心に行なわれます。

 私にとっては、佐藤泰志も金鶴泳も大切な作家。一方の作家が没後25年ということでスポットライトを浴びているのに、もう一方の没後30年の作家を無視することができるはずがないじゃないですか

 ということで参ってきました。もちろん一人でです。平日の昼間に出発したのですが、湘南新宿ラインの高崎行きにうまくアクセスできず、途中までの湘南新宿ラインと高崎線を乗り継ぎ、行きは2時間30分かかりました。5年前はそうでもなかったのですが、今回は疲れました。50代半ば近くともなると、さすがに、きついきつい。

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 さて、3時頃に高崎線の新町駅に到着。さっそく専福寺に向かいました。駅から徒歩で10分ほどです。
 歩いているうちに、懐かしい風景に出くわします。県道178号線を歩いて行ったのですが、この沿線は、いまは寂れていますが、かつては、にぎわっていたであろう、商店街の面影を、ところどころに見受けることができます。
 
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 県道沿線の洋装店です。金鶴泳の小説に、実家が洋装店を営む女性に好意を寄せつつも、自分が朝鮮人であり、また彼女もそのことを知っていることで、二人のあいだになんとなく距離感が生まれていて、積極的にアプローチできないことに悩む青年を描いた作品がありますが、その小説のことを思い出しながら、シャッターを切っておりました。ひょっとして、この店がそうなんじゃない……。

 
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 ほどなくして専福寺に着きました。この門をくぐると墓所へと続きます。その墓所の最奥あたりに金鶴泳の眠る場所があります。ひときわ目立つ、金家先祖代々のお墓です。
 
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 途中のマーケットで購入した献花を供え、地酒「谷川岳」で献杯です。
 そして、いくつかの報告をさせていただきました。午後二人だけの時間。それにしても「谷川岳」はおいしかった。
 こんなことも、小旅行の楽しみですね。そうです。もう、このときには、小旅行気分でした。金さん、ゴメンなさい。なにしろ帰りには同じく地酒「高崎」まで購入したのですが、これまたうまかったー。近頃、日本酒にはまっているもので、ついつい……。
 
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 その後、専福寺に隣接する諏訪神社の境内をぶらつきました。
 この境内は、金鶴泳の小説によく登場します。放課後の遊び場として、お祭りの練習場として、失恋の悲しみに暮れる場所として……。なかでも、つぎのような場面を忘れることはできません。それはこんな場面です。

 主人公の少年は、暴力的な父がいる暗い雰囲気漂う自宅が大嫌いです。放課後に境内で友だちと遊んでいても、夕刻になり、辺りが暮れなずむと、またあの家に帰らなければならないのかと、とても暗い気持ちになります。その一方、彼と遊んでいる友だちたちは、夕餉の待つ自宅へ嬉々として帰っていきます。彼らのそんな表情を主人公の少年はうかがうにつけ、うらやましくてうらやましくて仕方がありません。自分は、少しでも帰宅時間を延ばしたいのに、彼らは、うれしそうに帰っていく。そこに、彼らの家庭の暖かみを感じ、それとは反対の自らの家庭の暗さを確認する少年の哀しみが、象徴的に表現されています。
 こうした描写に私は、読者として胸打たれました。そのことが、私が金鶴泳の愛読者になったいちばんの理由です。
 なにしろ、私の生まれ育った家庭も父の暴力を伴う、とても暗いものでしたから、その少年の心情がわかりすぎるぐらいわかるんですね。遊び場に最後に一人残されて、帰宅するときの、それはそれはさみしくも哀しい心の中を。
 
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 そして、主人公の少年は、この諏訪神社の参道を力なく帰っていきます。
 この参道もこうして見てみると、みじかい小さな参道ですが、金鶴泳の小説に登場する少年の目からすれば、なんと、大きくて重たい存在であったことでしょう。
 私もゆっくりこの参道を通ってみました。

 こうして、金鶴泳の墓所に参った一日が終わりました。
 ひさしぶりに思いに残る時間になりました。

 金さん、 ゆっくりお眠りください。
 また、いずれ来させていただきます。
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by cranebook | 2015-09-17 15:50 | 刊行物関連

金鶴泳没後30年

 今年は、金鶴泳の没後30年です。
 クレインで金鶴泳作品集のⅠ『凍える口 金鶴泳作品集』を刊行してから11年、Ⅱの『土の悲しみ 金鶴泳作品集Ⅱ』を刊行してから9年、あっという間の歳月でした。この間の2008年には、生まれ故郷・群馬の土屋文明記念文学館での生誕70年記念展示会などのイベントが行われてきました。
 
 なにか、それでもって一段落したような感じで、以降、取り立てて金鶴泳に関しての集まりなどはありません。というか、私から、呼びかけてもいないので、仕方のないことでもありますが。

 だからというわけではありませんが、没後30年の今年は、久しぶりに、金鶴泳が眠る高崎市新町の専福寺に行ってこようと思っています。金鶴泳の誕生日の9月14日あたりを予定しています。

 また今年は、佐藤泰志没後25年でもあり、彼・佐藤泰志に関しては、映画化第三弾に伴い、様々なイベントが企画されています。

 私にとって、同時に大切な作家・金鶴泳と佐藤泰志。
 金鶴泳のことを忘れるわけにはいきません。
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by cranebook | 2015-08-26 12:13 | 刊行物関連

『カステラ』が「第1回 日本翻訳大賞」を受賞しました。

昨日、4月13日に『カステラ』の「第1回 日本翻訳大賞」の発表がありました。
あらためまして、応援いただいておりました皆さま、どうもありがとうござました。また、選考委員の皆さま、そして翻訳者のヒョン・ジェフンさん・斎藤真理子さん、どうもご苦労さまでした。

もうすでに、HPなどで同じことを書いておりますので、くどくどと申し上げませんが、発表の四、五日前になりますか、一人で吉祥寺の「井の頭公園」に行ってきました。スワンボートを撮影するためにです。

『カステラ』に収められている「あーんしてみて、ペリカンさん」という短編があるのですが、そこにスワンボートに乗って世界中の現場を飛び回る労働者の話しが出てくるんです。

そして、突然、思いつき、デジタルカメラを持って、小雨の中、「井の頭公園」のスワンボート乗り場に向ったというわけです。

なにかしら、そうせずには気持ちが落ち着かなかったということなんでしょう。
その時の私の心模様が、そんな行動にあらわれていたようです。

そのときの写真をツイッターに載せてありますので、探してみてください。
「スワンボート世界市民連合」の人たちがやって来ました。この後どこに行く予定ですか」
と記している4月9日のツイートです。

こんなことも、今回の受賞にまつわる思い出の一つです。
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by cranebook | 2015-04-14 13:18 | 刊行物関連

『カステラ』が「第1回 日本翻訳大賞」の最終選考候補作に選ばれました。

パク・ミンギュの『カステラ』が、「第1回 日本翻訳大賞」の最終選考候補作に選ばれました。
本書の最初の購読者で(なんと事務所まで買いに来ていただきました)、「韓国語 book cafe」を主催されている翻訳者の吉良佳奈江さんに、本日、4月3日、教えていただきました。

前回の日記では、読書感想会のことを紹介いたしましたが、この本『カステラ』をおもしろいと言ってくださる方々の存在があってこそ、最終選考候補にまで上り詰めたのだと思います。

みなさん、どうもありがとうございます。この場をお借りして御礼申し上げます。

さて、大賞の決定は4月12日、発表は13日とのことです。楽しみに結果を待っています。
またなにより、去年から立ち上げられた初の試みである、この「翻訳大賞」を、主催され、ご支援されてきた方々に御礼を申し上げないといけません。

なぜなら、『カステラ』の存在をしっかりと受け止めていただいたのですから。

そして、言うまでもなく、ヒョン・ジェフンさんと斎藤真理子さんお二人の訳者に感謝です。
懸命に日本語の翻訳に取り組んでいただきました。いろんな注文にも応えていただきました。
あらためて御礼申し上げます。

最後になりますが、結果はどうあれ、最終選考候補作の中に韓国と中国の現代小説が一冊ずつ入っていることをたいへんうれしく思います。今回のことをきっかけにして、東アジアの文学がこれからもっともっと読まれることを期待するばかりです。
そのことに尽力できるならば、私にとっては賞よりも意味のあることです。

そしてそのことが、現在の東アジア情勢をより良い方向に進める、ほんの小さなものであれ、しっかりとした歩みになれば、それ以上なにも言うことはありません。
「文学よ、どうか政治を救っておくれ」。

いささかの興奮とともに記します。

I just believe in me.
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by cranebook | 2015-04-03 18:09 | 刊行物関連

『カステラ』の読書感想会に参加しました。

2月23日(月)の夜に西荻窪の「beco cafe」で行われた『カステラ』の読書感想会に参加しました。翻訳者の斎藤真理子さんにも同行をお願いしました。

主催は「立川読書倶楽部」です。当倶楽部のメンバーは、書店、出版社にお勤めの方や翻訳者、また大学院生などで構成されており、読書課題として設定した海外文学作品の感想会を数ヶ月に一度開催されています。

今回、その課題図書としてパク・ミンギュの『カステラ』が選ばれましたので、発行元を代表して、私も参加させていただいたということです。

当夜は、私たちを含め11名の参加者で、それぞれが感想を自由に話し合いました。
いやー、それにしても楽しい会でした。村上春樹、高橋源一郎、車谷長吉、カート・ヴォネガットなどの文学作品との類似性などにも話しが及び、私からすると、ええ、そんなたいそうな、という感じでしたが、小説は誰がどう読もうと自由、自由。まったく自由だ。

それに、参加いただいた方々の年代は、20代から30代とお見受けでき、光州事件や韓国の民主化運動などの激動の韓国現代史をタイムリーにはご存じない方々で、その世代の方々から、「おもしろかった」「はげまされた」「読後になにかしら印象に残る」といった言葉をいただきました。

そのことが、ほんとうにうれしかった。現代史のことについて触れたのは、短編作品集である『カステラ』のいくつかの作品には、その要素が色濃く反映されているからです。それが作品への楽しみを少しばかり削ぐ要素になるのではないかと、発行者として危惧していたからです。

そんな心配はご無用でした。もっと文学の力を信じないといけません。反省。

また最後には、『カステラ』はもっともっと評判になってよい作品だという声をみなさんからいただきました。
つまり、私の営業努力が足りないということです。これまた反省。

さて、立川読書倶楽部のみなさん、昨夜は、楽しみから反省点まで与えていただき、どうもありがとうございました。またいつの日か課題図書にしてもらえるような小説の刊行を目指しますので、その折はよろしくお願いいたします。

ただ、そのまえに、『カステラ』の販売をがんばらないといけません。
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by cranebook | 2015-02-24 13:42 | 刊行物関連

在日朝鮮人とハンセン病

 先日、東京都東村山市にある「ハンセン病資料館」に行ってきました。隣接する「多摩全生園」の患者さんとの交流も含め、たいへん貴重なそして楽しいひとときでした。
資料館に行った直接の目的は、当館学芸員の金貴粉さんに、「在日朝鮮人とハンセン病」のタイトルで執筆をお願いするためでした。足早でしたが、彼女に解説をしてもらいながら、館内を巡りました。そこでは、強制隔離や断種手術に象徴される、患者たちへの差別の実態が展示品と証言記録などから明らかにされています。と同時に、楽団の結成などの文化行事も患者さん自らの力でおこなわれてもいて、絶望のなかにあっても、楽しみを見つけて生きていこうとする彼ら彼女らの魂を垣間見ることができました。
ぜひ、みなさんも機会があれば訪れてみてください。
 
 さて、では、ハンセン病史における在日朝鮮人についてですが、日本にある療養所では、朝鮮人の患者はかなりの人数におよびました。その原因は生活環境の劣悪さにあります。日本の炭坑や工事現場での労働に従事していたことがその理由です。そして、彼ら彼女らは朝鮮人であることをもって日本人の患者とは待遇面において明らかな差別がありました。また民族的偏見によって犯罪予備軍の扱いも受けてきています。
 しかし、そのような歴史が語られる機会はほとんどありませんでした。日本人、朝鮮人にかかわらず、高齢化の進行はハンセン病の患者の世界でも当然のことです。それゆえ、その歴史を語り残すことが急務でもあります。

 そんな思いで、本書の刊行を考えました。ぜひ、実現に向けて頑張りますので、刊行いたしましたら、どうかお読み下さい。

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by cranebook | 2014-06-02 17:09 | 刊行物関連